大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)2847号 決定

本籍・住居

奈良市西大寺新池町一番一号

会社役員

田出十一郎

明治三八年八月二三日生

本店

奈良市南京終町四丁目二四九番地の三

ワコー工業株式会社

右代表者代表取締役

田出十一郎

右田出十一郎に対する所得税法違反、法人税法違反、右ワコー工業株式会社に対する法人税法違反各被告事件について、昭和四九年一一月二〇日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人天野一夫、同松浦陞次連名の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 団藤重光)

昭和四九年(あ)第二八四七号

被告人 田出十一郎

同 ワコー工業株式会社

代表者代表取締役 田出十一郎

弁護人天野一夫、同松浦 次の上告趣意(昭和五〇年一月二一日付)

原判決は、第一審判決とほぼ同旨の事実を認定したうえ、被告人ワコー工業株式会社の控訴を棄却し、被告人田出十一郎に対しては第一審判決を破棄し、懲役六月・二年間執行猶予及び罰金三〇〇万円に処したが、右原判決の事実認定は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると思料する。

〔事実誤認の主張〕

第一、棚卸について

一、原判決は、収税官吏が個人から法人への引継仕入れとして法人設立後の昭和四二年三月二九日の日神貿易に対する六四、〇〇〇本の売上げに対応する原板代プレス代を個人からの引継ぎとし、二月下旬及び三月上旬から下旬におけるそれ以外の法人の売上げに対応する仕入については、引継分として認めていないことに強い疑問を抱きながら、個人から法人への引継ぎ前後における仕入及び売上げを対比して、結局右収税官吏の認定をそのまま是認したのである。

二、ところで、原判決の右認定の根拠となつている原判決別紙二-一表(仕入、売上数量の検討)中には、三月下旬の法人の簿外仕入として七四、〇二一本が計上されている点、及び売上数量の点について誤りがある。

第一点の簿外仕入七一万七、〇〇〇円は、すべて輸出向アルミ櫛のメツキ加工であつて、別紙第一表のとおり日神貿易に個人売上として二月二五日納品した五、六〇〇本の中に一部含まれており、原判決二-一表の如く、三月下旬に仕入れたものではなく、既に二月二五日に右七一万七、〇〇〇円に相当する輸出向アルミ櫛七九、六六六本は、五光鍍金工業より納品されていたのであつて、右個人売上本数を差引いた残六八、一四三本を法人が引継ぎ、その中より三月下旬日神貿易に法人の売上げとして六四、〇〇〇本を納品したのである。従つて、原判決二-一表中三月下旬の外七四、〇二一本は二月下旬に外六八、一四三本として計上されるべきものである。(田出敏行の昭和四四年七月一七日付質問てん末書問三参照)。

第二点の売上数量について、原判決は売上帳に一Dと記載されているのを、一打として計算されたものと思われるが、一Dとは三打入一箱の意味であつて、正確な売上数量は別紙第二表のとおりである。

尚、原判決は長谷川製作所及び浅野商店に対する売上を加算しているが、右両者に対する売上は、殆どおくれ毛止であつて、これを加算することは正確ではないと思われる。

三、右の諸点を修正して原判決二-一表に照応する仕入、売上数量の検討表を作成すれば別紙第三表のとおりである。右第三表によれば、仕入について四月及び五月の仕入本数に比べて、二月及び三月の仕入本数が約二分の一と少ないのに拘らず、三月ないし五月の売上本数は約一五万本とほぼ同数であり、しかも仕入本数より売上本数を差引いた手持在庫は、三月より五月上旬までの間は他の時期に比べて極端に少いばかりか、四月中旬の如きは売上過大になつてしまうのである。このような手持在庫がないにも拘らず売上がなされたり、手持在庫が僅か二〇〇本ないし数千本しかないということは、継続的な営業を行つているメーカーとしてあり得ないことであつて、かかる手持在庫で営業を行うことは、不可能であるといわざるを得ない。

本件の如きいわゆる税法事件においては、明確な帳簿等がない場合には、帳簿等によつて明確に把握できるところより、推計によつて所得等を算出されており、推計による以上、ある程度実態と齟齬することがあるのはやむを得ないとしても、原判決の右の如き、極めて不合理な推計によることは許されないと考える。

四、原判決は、原板仕入れから製品出荷までの製造工程を一ケ月と認定し、在庫について原板仕入れは一ケ月プレス加工仕入れは四分の三ケ月、メツキ加工及び副材料仕入れは四分の一ケ月程度のものがあるとするのが相当であろうとする。右製造工程について、被告人田出十一郎及び田出敏行らは約二ケ月と主張しているが、一応原判決の工程期間及び在庫割合によつて、個人から法人への内地向分の引継在庫(輸出向分については、既に収税官吏によつて二四五万三、九六六円が認容されている)を算出すると、別表第四-一及び二表のとおり九七、〇八七本、金額にして一四六万一、八八六円となる。右金額には副材料仕入れは含んでおらず、極く内輪に算出したものであつて、右本数中メツキ加工をした一四、二七一本を前記第三表の手持在庫に加算すれば、同表は極めて合理的なものになると考える。

敏行の言によれば、証三九号売掛月別集計帳の終から二枚目、昭和四二年一月の買掛記帳の裏面に

外箱 一三万円

プラ箱 五〇万円

メツキ 一六〇万円

地金 一二〇万円

附属 八〇万円

下請工賃 五〇万円

合計 四七三万円

と記載されているのは、昭和四二年二月個人から法人への引継当時引継在庫の概数を記載したものとのことであるが、個人から法人への引継在庫は前述した第四表によつて、内輪にみても少くとも内地向分一四六万一、八八六円、輸出向分二四五万三、九六六円(認容済)合計三九一万五、八五二円以上のものがあつたとみるのが相当であると考える。

第二、簿外給与について

一、原判決は、法人一期及び法人二期に田出貞夫、田出実に毎月同額づつ簿外で支給したものについて(法人一期計一四二万円、同二期計二〇〇千円)、それが貞夫、実の公表給与以外から支給預金されたものであることを認めながら、その性質についてそれを簿外給与として認めず、被告人十一郎が二男、三男である貞夫、実に贈与したものであるとして第一審判決を是認している。

二、原判決が右認定の根拠として挙示している事情には、必ずしも右認定の理由とならないものが含まれている。

原判決は支給されたものが、分家的な住宅建設の目的をもつた預金になつていることを挙げているが、右目的は、被告人十一郎が貞布、実に対し、その労務に対する簿外の給与として支給したものについて、それこそ親子の情として浪費を戒め、当時貞夫、実が計画していた住宅建設の費用の一部に充てるべく慫慂したものであつて、原判決は、本件金員の性質と目的を混同したものであり、給与改訂時と預金増額時が一致しないといつても、僅か一ケ月のずれにすぎず、更に原判決は敏行と貞夫、実の間の公表給与の差が終始六万円であるのに、貞夫、実の支給預金は住宅ローン借入後、従来の五万円から六万五、〇〇〇円に増額されており、また敏行と貞夫、実の間のボーナス差以上の額が、各期とも預金されていることを挙げているが、敏行に支給した各期の一二月の簿外ボーナス各三〇万円を除外しても、各期を通じて敏行に支給した給与、ボーナスの合計は、一期が二五三万五、〇〇〇円、二期が三二八万円で、貞夫、実のそれは各二四七万七、〇〇〇円、三四四万円となり(控訴趣意書別表九参照)、被告人十一郎が給与についても敏行、貞夫、実三名の兄弟を同等に待遇していたことが裏付けられているばかりか、ボーナス分について、貞夫が五六万円、実が五一万円とその預金に差があるのは、両名が同額の公表、簿外のボーナスを支給されながら、実はその一部をローンの返済以外の使途に充てたものであつて、このことは本件簿外給与が住宅建設という目的に、必ずしも拘束されたものではなかつたからであると言わざるを得ない。尚原判決は、本件簿外給与について給与所得の申告は、勿論会社内部においても給与支給とみうる処置がとられておらず、しかも、簿外給与は貞夫、実に対する支払のみで、他の従業員に対し、なんら支給されていないことを挙げているが、もともと簿外即ち裏金で支給されるものについて、給与所得の申告や給与支給の処置がとられていないのは当然のことであり、また他の従業員に対しては、特に簿外給与を支給しなければならない事情はなかつたのである。

要するに、貞夫、実に支給された本件金員は、被告人十一郎としては同等に待遇すべき敏行ら三名を取締役と社員にわけざるを得ないため、公表の給与に差を生ずることになつたそれを補うため、貞夫、実の営業部長、工場長という職務に対する対価として、定期的に継続して毎月支給したものであつて、その性質は簿外の給与というべきものと考える。

以上述べたとおり、原判決は棚卸(引継在庫)、簿外給与について、すべて第一審判決を是認したが、これは証拠の価値判断を誤つた結果、判決に影響を及ぼすべき重大な事実を誤認したものであつて、これを破棄しなければ、著しく正義に反すると思料されるので、更に適正な裁判を求めるため本件上告に及んだ次第である。

以上

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